簡吉、二二八国家記念館

ここのところ寒い
やっぱり異常気象とやらなのだろうか
昨日は3月なのに11℃
台湾とは思えない
今日から少しづつ暖かくなるそうだ
今日は天気もよかったのでぶらっと台湾の歴史を巡ってみた
まずは我らが師大の図書館であっている「簡吉」の写真展

左の人物
日本にはあまりなじみがない人物だが日本ととても深い繋がりがある
日本統治時代、日本の政策に反対した農家
農民組合などを組織し、社会運動を起こした
日本の政策に反対し、投獄される
投獄中の日記(コピー)も読むことができた

当然日記自体は日本語なので普通に読める
最後は国民党による白色テロによって殺されてしまう
4月6日まであっているらしい
無料
どちらかというと日本と台湾がもっと仲良くなってもらうために来た
しかしこういう事実も当然受け入れなければいけない
それこそが真の歴史だ
現在の歴史とやらは総じておかしい
アイデンティティを育てる道具としかされていない
他国を非難する
本来そうではない
良い、悪い何て見方を変えればいくらでも変わる
人間はバカだから同じ過ちを繰り返す
それをしないために歴史を学ぶんだと思う
過去の出来事をありのまま知る
そして今後を生きる俺たちがどんな世の中にするか考える
そのために学ぶのでは無かろうか
歴史のあり方をもう一度問い直したい
次に二二八国家記念館へ

つい先日、2月28日に開館したばかり
場所は台北植物園のすぐ近く
台湾では忘れていけない228事件の国家記念館
馬英九が進めたのが以外だ
開館式には本人も出席
国民党からしたら隠したい部分
228事件の元は些細な事件だった
日本統治が終わり、中国から蒋介石率いる国民党(外省人)がやってきた
当時は同じ漢民族という事で歓迎されたそうだ
しかし奴らの政治は腐っていた
治安も経済も悪くなった
国民党による強盗、殺人、強姦…
犬(日本人)が去り、ブタ(国民党)が来た
そんな言葉が残っている
犬は番犬として役立つがブタはただむさぼり食うだけ
そして来る1947年2月27日
ヤミたばこ売りの女性を外省人の警察が取り締まり、暴力をふるった
周りの市民が反発
怒った警官が発砲したばこ売りの女性ともう一人男性が死亡
今までの怒りが合わさって本省人(日本統治時代から台湾にいた人達)の怒り爆発
デモを起こし翌日の28日にラジオ局を乗っ取り、軍艦マーチと共に日本語で「台湾人よ立ち上がれ!」という放送を流した
そこから各地でデモが発生
蒋介石はそれを武力で抑えたのが白色テロ
医者や学者など知識人を中心にたくさんの命がなくなった
政府の発表でも2万8千人が殺されたとされている
実際はもっと多いと思われる
未だに遺骨が見つかっていない人もいる
さらに彼らの財産も没収された
本省人はあまり高等教育が受けられなかった
40年間戒厳令が続いた
異常だ
李登輝言論の自由を認めて初めて解かれた
そしてこの事件を一般世間、世界に知らしめた映画が九分を舞台にした悲情城市
大昔の話では無い
二二八国家記念館には当時の資料が

無くなった人の遺品や写真、228事件の背景など
しかしさすがは台湾、まだまだ完成していない様子

一生懸命作っていた
30分ほどの映画(中国語)も上映されている
9月4日まで開いているらしい
月曜日は休館
日本が手放したせいで起きた事件とも言える
そんなこと知らないじゃすまされない
これだけグローバルな社会になった
少なくとも東アジアの歴史ぐらい知っとくべきなのではなかろうか…